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2008-02-20 Wed 13:55
さいきん本で見つけて気に入って
デスクに貼ってる広告です。

080220_144350.jpg


NISSIN出前一丁の広告。
抑えのコピー読みにくくて
スミマセン。。。

この味ひとすじ30年。
ずっといちずに、ごまラー油。

って書いてあります。


キャッチコピーが好きです。

記憶のどこかが
食べたがるんだ。


実際に食べたことなんてないのかもしれないのに
なぜか懐かしい。

こういう感覚をコトバにできるなんて
すごいなぁ、と見るたび感動しています。


「食べたがるんだ」っていう語尾もうまいよなぁ。

さいきん、語尾研究家です。


いっしょに仕事をしているCDの方が書いたコピーを拝見したとき
語尾を工夫するだけでコピーの視点が次々に変わって見えたので
そのとき、自分に足りていなかった部分が見えた気がしました。



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この記事のコメント
(E z E)さん

コメントありがとうございます!!
話がそれてしまうのかもしれませんが、
(E z E)さんのコメントでこんなことを思いました。


「カラダが自然と欲しがっている。」

「懐かしさでお腹がなる。」

「いつでも懐かしい味。」

「あの日の味がよみがえる。」


「記憶のどこか」という言葉に辿りつくまででも
相当な回り道がある気がする。


ようやく辿りついたところで

「記憶のどこかが欲しがっているんだ」ではダメ。

「記憶のどこかで欲しがっているんだ。」では余計ダメ。



「記憶のどこかが食べたいと言っている。」

「記憶のどこかで食べたくて仕方がない。」

「記憶のどこかがあの味を知っている」



どれも違う。

「記憶のどこかが食べたがっている。」

近いけど、気持ちが足りない。



「記憶のどこかが食べたがるんだ。」


食べたい自分に気づいてしまっている(断定ってことかもですね!)。
理由はわからないけど食べたくてしかたがない。
食べたい自分を抑えられない。


そういう気持ちが、「食べたがるんだ」


という語尾に凝縮されている。

語尾でコピーが完成している。

コピーって短いものだから、語尾にまで魂がにじんでいるってすごいパワーだと思う。



なんだか、わたしの感想になっちゃってすみません。
いいコピーですよね!
2008-02-21 Thu 00:48 | URL | ちゃーこ #-[ 内容変更]
このコピーって、私的で指摘ですね。
断言口調は日本人っぽくないからこそ、新鮮です。

いつか、12345じゃなくて1か5でモノが言える日本人が増えて欲しいです。(なれるように努力したいです)
2008-02-20 Wed 20:02 | URL | (E z E) #-[ 内容変更]
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